戦後の最初で最後、最大の裏金作り

現在の政治家諸氏は、裏金の作り方に四苦八苦しておられることでしょう。
政治家本人が領収書一枚一枚に目を通し、神経をとがらせなければ、マスコミに袋だたきにされ、選挙に落ちてしまう現実が待っていますからね。

昔も今も政治にカネがかかることは常識になっていますが、いまのように世間の目がさほどうるさくない時代に驚くべき裏金作りを行った政治家がいました。

高度成長期にさしかかった昭和30年代ころ、派閥の領袖たる大物政治家は、子分たちを囲い込むために多くの金をばらまき、その札束の厚さが数の多さ、つまり首相になる近道になっていました。

その金はどこから出るかというと、多くは企業です。献金に規制がかかっていなかった当時、企業は人的つながりで政治家に接近し、自分たちに都合のいいように法律を制定させる、そのためのコストとして、様々な裏金がばらまかれました。政治家もカネの調達力がその政治家の実力とされたのです。

ある派閥の領袖は総裁になるべく多額の資金を調達する必要に迫られました。とかくの黒い噂のある大物政治家でした。しかしその直前に国政選挙があってカネは使い果たしており、企業にもこれ以上無理を言うことはできない状態でした。しかし、総裁の椅子を争うこの時期が最もカネを必要とする胸突き八丁の時期。なんとかしてカネを調達しなければならない。

そこでその大物政治家の取った手段は驚天動地のものでした。

書生や傘下のごろつきを使い、深夜、造幣局の工場に忍び込みました。ベルトコンベアに乗って、大量の使い古しのお札が、数千万円単位にまとめられた塊となって流れてきます。これから機械で穴を空けられ、焼却処分される札ですね。彼らは焼却前のそのお札の塊を3つ、ベルトコンベアから下ろして、クルマに積み込んで走り去っていったのです。

まんまと都合3億円の裏金が簡単に出来ましたが、もちろんこれは犯罪。
しかし、その大物政治家と大蔵省の上の方との話はついていたはずで、そうでなければこんな大胆不敵な裏金作りなどできるものではありません。その派閥の領袖は、この裏金によって多数派工作を行い、無事、トップにまで上り詰めました。

冗談みたいな話ですが、実際に造幣局に忍び込んだ人から直接聞いた話ですから間違いありません。